彼女の化粧品を洗面台の奥に移した僕が、その日言えずにいた本当の理由
倒れた化粧水のボトル
洗面台に彼女の化粧品が並ぶようになって、僕はそれを見るのがひそかに好きでした。ふたりの暮らしが、少しずつ形になっていく気がしたからです。けれどある日、手前に置いていた彼女のお気に入りの化粧水が倒れて、中身が少しこぼれていました。狭い洗面台で、僕の手やタオルが当たってしまったのだと思います。買い直せばいい、では済まない。彼女が大切にしているものだからこそ、二度と同じことが起きないようにしたい。そう考えて、僕は棚の中を見直すことにしました。
いちばん奥に、彼女の居場所を
本当のことを言えば、僕には前から考えていたことがありました。彼女に、ここで一緒に暮らさないかと、ちゃんと伝えるつもりだったのです。そのためにまず、彼女のものに定位置を作りたかった。手前は水はねもあるし、ものも落ちやすい。いちばん奥の、いちばん守られた場所こそ、彼女の大事なものを置くのにふさわしいと思いました。奥の棚を拭いて、小さなトレーを敷いて、彼女の化粧品をそっと並べ直す。それは僕にとって、ふたりの暮らしの準備の、最初の一歩でした。
言いそびれた、本当の理由
ところが、計画を打ち明ける前に、彼女のほうから聞かれてしまいました。「私の化粧品、なんで全部奥にしまったの?」少し責めるような響きに、僕は焦ってしまいました。一緒に暮らそうという話は、もっとちゃんとした場面で伝えたい。そう思うほど、口から出たのは「奥のほうが水もかからないし、ものも落ちないから」という、当たり障りのない言葉だけでした。「なら、ひとこと言ってくれてもよかったのに」と彼女。「ごめん。よかれと思って、勝手にやっちゃって」と返すのが、その時の僕には精いっぱいでした。
そして...
彼女は最後には笑って、片付ける前にひとこと教えてねと言ってくれました。その優しさに甘えて、僕はまた肝心なことを先延ばしにしてしまったのです。けれど、奥の棚に並んだ彼女の化粧品を見るたび、思います。あの場所は、ただの収納ではありません。これから先も彼女にいてほしいという、僕なりの願いを込めた場所なのです。次に彼女が来たら、今度こそ不器用なりに言葉にしようと決めました。一緒に暮らそう。その一言を、奥の棚を見せながら、まっすぐに伝えるつもりです。
(20代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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