「元は取らないと、損だろ」賢く節約しているつもりの俺は、彼女の沈黙の意味が分からなかった
賢い選択をしたつもりだった
彼女が自販機の前で立ち止まったとき、俺はもったいないと感じました。
「それ買うなら、ファミレス行こうよ」「ドリンクバーなら何杯でも飲めるし」
すぐ近くの店を指さして、俺はそう提案しました。
「自販機の一本なんて、もったいないって」
俺の実家は、何でも長く大事に使う家でした。お金は賢く使うものだと、ずっとそう教わって育ったのです。だから百五十円を出すより、二人でドリンクバーを頼むほうが、誰が見ても得だと信じていました。
元を取る喜び
店に入ると、俺は迷わずドリンクバーへ向かいました。コーラ、メロンソーダ、コーヒー。一杯ごとに、払った金額の元が取れていく感覚が、たまらなく心地よいのです。三杯目を掲げて、俺は思わず指を折りました。
「元は取らないと、損だろ」
こうして賢く得をするのは、俺にとって小さな達成感でした。彼女にも同じ気持ちを味わってほしくて、何度もおかわりを勧めました。けれど彼女は、グラスを片手に乗ってきません。
遠慮しているのだろうと、俺はそのときまだ思っていました。
彼女が黙り込んだわけ
「そんなに急いで飲まなくても、いいんじゃない?」
彼女がぽつりとそう言ったとき、俺は「君も飲みなよ。頼んだんだから、損するよ」と返しました。せっかく頼んだのだから、飲まないほうが損だと、本気でそう思っていたのです。
帰り道、彼女の口数はめっきり減っていました。疲れたのかと声をかけても、短い返事が戻ってくるだけ。何が彼女をそうさせたのか、そのときの俺には見当もつきませんでした。
そして...
あれから、彼女とは会う回数が減っていきました。今でも俺は、お金を賢く使うことが間違いだとは思えません。一本の飲み物を我慢して、二人でゆっくり過ごせる店を選んだ。それのどこがいけなかったのか、正直なところ、まだ答えは出ていないのです。
ただ、彼女がグラスを回していたあの横顔だけが、ときどき頭をよぎります。俺が元を数えていたあいだ、彼女は何を思っていたのだろう。その問いの答えを、俺はいつか自分で見つけなければいけない気がしています。
(30代男性・会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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