ホームに入ると決めたのは私だ。娘にも親戚にも言えない本心を、職員にだけ打ち明けてきた
一人の家で気づいた、もう一つの思い
正直に言えば、家での暮らしは何の不自由もありませんでした。買い物も洗濯も自分でできましたし、近所付き合いもありました。けれど、ふと夜にカレンダーを見たときに気づいたのです。娘が私の家に来てくれる日に、必ず印がついていることに。
仕事を持ち、自分の家族のいる娘が、月に何度も遠くから訪ねてくれる。そのために有給を使い、夫の予定を調整し、疲れた顔で台所に立ってくれる。「ありがたい」と思う気持ちと、「申し訳ない」という気持ちが、年を追うごとに大きくなっていきました。
娘に切り出した「自分の希望」
ある夏の日、私はリビングで麦茶を飲みながらぽつりと切り出しました。「ホームに入ろうと思うんだ。自分で選んで、自分で決めたい」。
娘は何度も「本当に?無理しなくていいんだよ」と確認しました。私は穏やかな顔で「無理してないよ。これが俺の希望だ」と答えました。
嘘ではありません。けれど、すべてを話したわけでもありません。「娘に縛られてほしくない」という気持ちは、本人を前にすると、なぜか口に出せませんでした。
職員にだけこぼしたひとこと
老人ホームでの暮らしが始まって、私は将棋仲間ができ、毎朝のラジオ体操にも参加するようになりました。担当の女性職員さんとは、何気ない世間話をする間柄になっていきました。
ある日、娘の面会が予定に入ったことを伝えると、職員さんが「お嬢様、よく来てくださいますね」と笑顔で言いました。私は思わずこぼしました。「娘には娘の人生がある。あの子に縛られてほしくないんだ」。口にしてから、ずっと飲み込んでいた言葉だったと気づきました。職員さんは「お父様の気持ち、いつかお嬢様にも伝わりますよ」と穏やかに答えてくれました。
そして...
先日、娘が突然訪ねてきました。いつもより少し早足で、目元が少し赤いような気がしました。私は将棋を中断して声をかけ、「もう少し待ってて」と笑顔を見せたつもりです。
帰る間際、娘は「お父さんの選択を、私は誇りに思ってる」と言いました。職員さんが何か話したのかもしれません。私は照れくさくて、「そうか」とだけ返しました。本当はもう一つ、伝えたかった言葉があります。「お前が誇りに思ってくれて、俺は救われたよ」。次の面会では、これを伝えるつもりです。
(70代男性・元会社員)
本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。
(ハウコレ編集部)
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