東大卒グラドル・東堂とも“社会不適合”を自覚した半生「就職しても最低限のことができない」
「東大卒グラドル」の肩書きで知られる東堂とも。幼少期から感情を表に出すことが少なかったという彼女は、名門中学に進学後、周囲との経済格差に強いコンプレックスを抱くようになった。東京大学に進学するも、目標を持てないまま大学生活を送り、卒業後はニート生活へ。やがてコスプレやグラビア撮影会に出会い、活動を始める一方、会社員としては長く続かず、転職を繰り返したという。今回は、東堂が語る学生時代の劣等感、東大時代の空白、そして“社会不適合”を自覚するまでの半生に迫った。(前後編の前編)
――まず、東堂さんのルーツを探るべく、幼少期のお話からお伺いしたいです。どんなお子さんだったんですか?
東堂 多分、生まれてこの方ずっとテンションが低くて、両親からすると、何かを買ってあげても子どもらしくキャッキャ喜ぶことがなかったらしいです。嬉しかったんですけど、感情をあまり外に出さないタイプでしたね。「買ってあげがいもないし、かわいくない子どもだった」と言われたことがあります(笑)。本を読むのが好きでしたが、大人しくて分かりにくい感じの子だったんじゃないかなと思います。
――勉強は昔からお好きだったんですか?
東堂 小学校の低学年の頃は、あまり勉強していた記憶はないです。むしろピアノを習っていて、そっちのほうを頑張っていたかもしれません。後半は中学受験があったので勉強はしていましたけど。
――中学は名門中学に進学されています。そこでの生活はいかがでしたか?
東堂 地元の小学校では「自分は賢い、家もお金持ち」だと思っていたんですよ。でも、中学に入ったら周りが本当のお嬢様ばかりで。そこで「私って貧しい子なんだ」って気づきました。だから中高の6年間は、すごいコンプレックスがありましたね。
――周りはそんなに裕福な家庭が多かったのですか。
東堂 頭がいいだけかなと思って入ったんですけど、やっぱり中学から女の子に受験させる親って、お医者さんや会社を興した社長さんだったりして、結局お金持ちなんですよ。仲の良かった5人グループも、医者の娘、医者の娘、社長の娘、医者の娘、そして会社員の娘の私、みたいな構成で。父も会社員の中では頑張ってくれていたほうだと思うんですけど、周りが裕福すぎたので、すごく貧しい気持ちを味わいました。
――具体的にどういう場面で差を感じましたか?
東堂 持ち物から違いましたね。校則違反で学校指定じゃないものを着るにしても、バーバリーのコートを着てきたり。中学生なのに、ですよ? あと、一度遊びに着てきた服は、同じ子の前では二度と着ないとか。「誰々ちゃん、この前と同じ服着てるよね」って、半年くらい経ってから着ても言われるんです。それで「同じ服は着ないようにしなきゃ」って思っていました。
――そんな環境の中で、学力的な立ち位置はどのあたりだったのでしょうか。
東堂 落ちこぼれでした。一番賢かった子たちはみんな国立の医学部に行って、その次が国立理系。私は文系だったので、まあ中の中ぐらいだったかなと思います。
――それでも東京大学に進学されています。これはすごいことです。
東堂 いやいや。周りはもっとお金持ちで、頭もいい。自分は千葉の田舎でちょっと調子に乗ってたガキだったんだなって、都会の学校に行って気づかされましたよ。そこでプライドはなくなりましたね。
――なぜ東京大学を目指そうと思ったのですか?
東堂 周りの空気に飲まれて、ですね。本当に何の志もなく、周りの雰囲気に流されたっていう感じです。
――東大には1年間浪人の末、入学されています。これまでのインタビューで、大学時代は「生きていないようなものだった」と語られていましたが、これはどういうことなんでしょう。
東堂 それこそ何もやりたいことがなく流されて入って、やっぱり何もやりたいことがなくて。興味がわかないし、就職したいという気持ちもない。だから、ただ最低限の単位を取って、サークルにも入らず、残りの時間は全部家にいる、みたいな生活でした。
――ご自宅では何をされていたんですか?
東堂 高校生ぐらいからずっとオタクだったので、アニメを見たり、ゲームをしたり、漫画を読んだり…。1人で典型的なオタクっぽいことをしていました。
――そのまま4年間が過ぎて、就職活動はされなかった?
東堂 一応エントリーシートは出したんですけど、そもそも入る気がないから当然全部落ちて。そのまま卒業しちゃった、という感じでした。
――卒業後はどうされていたんですか?
東堂 バイトも何もしていなかったので、フリーターですらない本物のニートでした。大学時代もずっと千葉の実家から通っていて、卒業後もそのまま実家で、楽しいニート生活をしていましたね。
――ニート生活はどれくらい続いたんでしょうか。
東堂 半年弱ぐらいですね。さすがにやることがなくなってしまって「バイトでもするか」と思って、人生初のバイトを始めました。
――そのバイト先で、現在の活動につながる出会いがあった?
東堂 はい。お洋服のお店でバイトを始めたんですが、そこで出会った子の趣味がコスプレで。その子に誘われてコスプレのイベントに行ったり、グラビアの撮影会を始めたりしたのが最初です。
――コスプレや撮影会を始めた後、会社員として働いていた時期もあったんですよね。
東堂 兼業していた時期もありましたが、1つの会社が長く続いて1年半くらい。典型的な続かないタイプで、飽きちゃうんですよね。4社か5社程度を転々としました。
――なぜそんなに転職できたんですか?
東堂 最悪なパターンなんですけど、グラビアの撮影会で接客をするようになったら、心にもないことを愛想よくペラペラしゃべれるようになっちゃって、入社面接がめちゃめちゃ得意になったんです。それに「東大卒だから仕事できるんじゃないか」っていう期待もあって、簡単に入れてしまう。でも、入ってから期待外れっていうのを繰り返していました。
――ご自身では「仕事ができない」という認識なんですか?
東堂 社会人として最低限のことができないんです。まず、朝起きられないので遅刻。好きな服を着ていっちゃう。胸元が開いていたり、ミニスカートだったりで服装を注意される。金髪で、ネイルもしたまま塾の先生をやっていたこともあります。
――かなり自由ですね。
東堂 営業をやっていたときは、つまんなくなっちゃうと座っていられなくて。「外回り行ってきます」とか言って、パンケーキを食べに行っちゃったこともあります。自分でもどうすればいいのか分からないくらい社会性がなかったです。悪いことだという意識はあるんですけど、繰り返してしまう。本当にどうしようもなかったですね。
【プロフィール】東堂とも(とうどう・とも)1991年9月3日生まれ、千葉県出身。T167、B85・W60・H89。東京大学文学部卒業。会社員として働きながらグラビアアイドルとして活動し、2025年2月からアーティストハウス・ピラミッドに所属。趣味は読書、特技は本を読むのが速いこと。
関連記事
「ニュース」カテゴリーの最新記事
-
16歳JKモデル・こいろん、ピチT×迷彩ミニスカをオトナに着こなし「爽やかですね」「たまりません」ENTAME next -
石井杏奈、胸元ざっくりミニワンピで美スタイル披露「魅力が溢れてる」「視線にドキドキしちゃう」の声モデルプレス -
【推し俳優で巡る名作3選】山田裕貴、魂を宿す憑依の芝居 底知れぬ魅力に深く沼るモデルプレス -
第2子出産の西野未姫、ノンフライヤーで作った野菜の素揚げ公開「彩りも綺麗で素敵」「娘さん喜んでくれるといいですね」と反響モデルプレス -
「今日好き」藤田みあ、美肩チラリのワンショルトップス姿披露「スタイル抜群」「大人っぽくてドキッとした」の声モデルプレス -
城田優、三浦春馬さんの「いつか載せたい」デュエットショット公開 七回忌迎えメッセージつづるモデルプレス -
美香「100kg BIG BOY」14歳ラグビー部息子との2ショット公開「体格差がすごい」「たくましい」と反響モデルプレス -
テレ朝・桝田沙也香アナ、素肌輝くノースリーブ姿披露「透明感抜群」「私服姿もオシャレ」と反響モデルプレス -
須田亜香里、朝7時のすっぴんショット公開「透明感すごい」「素肌が綺麗」の声モデルプレス