西島秀俊主演『時には懺悔を』が描く「割り切れない人間」の心 事件の真相よりも深く刺さる罪と後悔
『嫌われ松子の一生』(2006)、『告白』(2010)などで、人間の心の闇や社会のひずみを鮮烈な映像表現で描いてきた中島哲也監督。約8年ぶりの新作『時には懺悔を』は、打海文三の同名小説を原作に、18年もの構想期間を経て完成した渾身の一作だ。主演には中島作品初参加となる西島秀俊を迎え、満島ひかり、黒木華、宮藤官九郎、柴咲コウ、佐藤二朗、役所広司ら、日本映画界を代表する実力派キャストが集結している。
物語は、ある探偵殺害事件をきっかけに、9年前に起きた新生児誘拐事件、そして重度の障がいを抱える少年・新の存在へとつながっていくミステリーとして幕を開ける。しかし、本作が本当に描こうとしているのは事件の真相ではない。事件に関わった人々が、それぞれ背負った罪や後悔とどう向き合い、生きていくのかという、人間の内面そのものだ。
警察や探偵のような職業に限らず、世の中には感情を挟まず判断しなければならない場面がある。しかし人間は、理屈だけでは動けない生き物だ。当事者ではないからこその冷静さを持ちながら、一方では当事者ではないからこそ生まれてしまう情もある。その相反する感情が、本作では絶妙なバランスで描かれていく。中島監督が見つめるのは、まさにその「割り切れなさ」だ。
登場人物たちは皆、心に深い傷を抱えている。家族を失った者、親であることから逃げた者、わが子を愛しきれなかった者、終わりの見えない介護に押しつぶされそうになる者──。それぞれ異なる事情を抱えながらも、障がいを持つ少年・新と関わることで、自らの過去や罪と向き合わざるを得なくなる。
最初は義務感や同情、偽善、あるいは自己満足だったのかもしれない。だが、ある瞬間を境に、その感情は自分でも説明できないものへと変わっていく。
その変化は決して劇的ではない。善意とも罪悪感とも言い切れず、本音とも建前とも違う。言葉にできそうでできない、曖昧な感情を本作は執拗なまでに見つめ続ける。その静かな積み重ねこそが、本作最大の魅力だ。
障がいを抱える子どもを描いた作品は数多い。しかし、多くは家族愛や感動を前面に押し出し、涙を誘う構成になりがちだ。本作はそうした予定調和をあえて避ける。障がいを美談として扱うのではなく、その存在によって浮かび上がる大人たちの弱さや醜さ、そして人間らしさを真正面から描いている。だからこそ、観客の感情を過度に揺さぶるような演出はほとんど存在しない。
これまでの中島作品といえば、圧倒的な色彩設計や大胆な編集など、強烈な映像演出が代名詞だった。しかし本作では、そのスタイルを意図的に抑制。人物たちの沈黙や表情、視線のわずかな揺れを丹念に積み重ねることで、派手さではなく"間"によって感情を伝えていく。結果として、俳優陣の演技がこれまで以上に際立ち、言葉以上に沈黙が雄弁に物語る作品へと仕上がっている。
西島秀俊は、自責の念を抱えながら感情を押し殺して生きる佐竹を静かな熱量で好演。満島ひかりは、人一倍情が深いがゆえに苦しみ続ける聡子を繊細に演じ切っている。そして特筆すべきは宮藤官九郎だ。障がいのある息子を育てる父親という難役を、過度な感情表現に頼らず抑制の効いた芝居で体現し、本作の感情の軸を支えている。
また、舞台が1990年代に設定されている点も重要だ。当時はインターネットが普及しておらず、障がい児支援に関する情報も十分ではなかった。親たちは孤独の中で答えを探し続けるしかなかったのである。その時代背景が、作品全体に重厚なリアリティと説得力を与えている。
親とは何か。子どもとは何か。そして、命を育てるとは何なのか。本作は、その問いに答えを示そうとはしない。むしろ、人は誰かを裁く資格があるのか、自分自身を本当に赦すことができるのかという、さらに根源的な問いを観客へ静かに投げかけてくる。
タイトルにある「懺悔」とは、神に許しを請う行為ではないのだろう。自分自身の弱さや過ちを認め、それでもなお前を向いて生きようとするための営み。その意味を、本作は静かに問い続けている。
『時には懺悔を』は、障がいや介護を題材にした社会派映画でも、事件解決を目的としたミステリーでもない。人は傷つき、人を傷つけ、それでも誰かとの出会いによって、ほんの少しだけ救われることがある。その小さな希望を決して美化することなく描き切った本作は、中島哲也監督の新たな代表作として長く語り継がれる一本になるはずだ。
【ストーリー】探偵がひとり、殺された。「死んだほうがマシな人間」と呼ばれた男・米本(佐藤二朗)。調査することになったのは、元同僚の一匹狼・佐竹(西島秀俊)と、助手で修行中の聡子(満島ひかり)。調べを進めるうちに、9 年前に起こった新生児誘拐事件にたどり着く。殺された米本が死の間際に調査していたのは、9 年前に失踪し、今は父親の秋野(宮藤官九郎)と二人で暮らす、重い障がいのある少年・新。過去に傷つき、誰かを傷つけ、孤独に彷徨う大人たちが出会った「新」という小さな命。家族から目を背けた男、娘に捨てられた女、子を生きる糧にした男、産んだ子を愛せなかった女。「生きているのが奇跡」と言われたそのひとつの小さな命が、逃げ場のない現実にもがき苦しむ大人たちの心を動かしていく……。
【作品情報】監督:中島哲也出演:西島秀俊、満島ひかり、黒木 華、宮藤官九郎、毎熊克哉、鈴木 仁、烏森まど、山﨑七海、唯野未歩子、野呂佳代、長井短、しんすけ、山下舜太、諸角優空、柴咲コウ、塚本晋也、片岡鶴太郎/佐藤二朗ほか原作:打海文三『時には懺悔を』 (角川文庫/KADOKAWA)脚本:中島哲也 門間宣裕 制作:TIME さざなみ配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント公式 HP:https://www.tokizan.jp8 月 28 日(金) 全国公開
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