BTS・SUGA、トラウマと激動の過去を昇華させた2時間 怪我した肩に手を添える場面も<「SUGA|Agust D Tour 'D-DAY' in JAPAN」ライブレポ>
2023.06.04 20:20
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BTS SUGA(シュガ)が6月2日~4日、初ソロワールドツアーの日本公演「SUGA|Agust D Tour ‘D-DAY’ in JAPAN」を神奈川県・ぴあアリーナMMにて開催。4日の最終公演の様子をレポートする。
過去の事故をフラッシュバックさせる衝撃的なオープニング
ショーの開始前、会場には降りしきる雨の音が流れている。SUGAあるいはAgust D、あるいはミン・ユンギ(SUGAの本名)のエピックでもあるこのショーは、公演開始前からすでに始まっているのだ。照明が落ち、ついにオープニングVTRが放映される。豪雨の日、バイクで事故に巻き込まれ道路に横たわった青年の姿が映し出されている。
そしてステージには、黒づくめのダンサー数人に、仰向けのまま担がれたSUGAがゆっくりと入場してくる。微動だにしないSUGAの体は、そのまま舞台上に横たえられた。
“Agust D”はSUGAがソロ名義として使用してきたアーティスト名で、逆さから読むと“Dt suga”となる。大邱(Daegu Town)出身というSUGAのアイデンティティーが込められた名前だ。
ミュージシャンを志し大邱から大都会ソウルに渡った少年ユンギは、経済的、体力的、精神的に困難だった練習生期間を耐え抜いた。当時彼は生活費のため、事務所に黙って宅配のバイトをしバイク事故を起こす。
肩の怪我の後遺症は、BTSが成功しワールドスターと言われるようになってからも彼を苦しめた。バイク事故の記憶は、彼の歴史を語るうえで欠かせない要素だ。
バイク事故を観客にも強烈にフラッシュバックさせ始まったこのショーを通じ、彼は繰り返し過去のトラウマや自身の陰に向き合うこととなる。ツアーに合わせてリリースされたアルバム『D-DAY』自体が、Agust Dの最終章として、誰よりも目まぐるしく、非現実的な日々を情熱的に駆け抜けるしかなかった彼の10、20代を完結させるものだからだ。
Agust Dの“怒り”のナンバーが突き刺さるオープニング
舞台上で倒れていた真っ黒な衣装のSUGAは、立ち上がると“禁止されたことからの解放”を歌う「Haegeum」で早速暴れ回る。「この歌は“解禁”だ/乗ってみろ今すぐ」とSUGAと会場のARMY(BTSのファンの総称)たちの声が重なり、情報の奴隷と化した資本主義への批判を歌う歌詞と共に、異様な熱気の中ショーの始まりを告げた。続いてブラックのガウンを羽織り歌い出したのは、自身の成功と権力への抵抗の葛藤を表出させた「Daechwita」。「俺は王で俺はボスだ。皆知ってるだろう、俺の名前を」そう荒々しくラップする衣装の背中には、朝鮮王朝の王のシンボルであった龍のマークが刻まれていた。
怒りのエネルギーで誕生したAgust Dの攻撃的なナンバーが続く。ラッパーとしてもアイドルとしても承認されなかったデビュー当時の憤怒と野望がほとばしる「Agust D」「Give It To Me」では、チェーンで天井とつながれたステージが、SUGAを檻の中に閉じ込めているかのような視覚的な迫力を与える。
「今日が最後の公演です。全力で行きます」と日本語で挨拶したSUGAは、「楽しんでくださいという意味で、乾杯!」とドリンクでファンと乾杯する場面も。
SUGAが紡ぐ“人間関係”「Seesaw」アコースティックバージョンも披露
次のセクションではムードを変え、“人間関係”に焦点をあてたミドルテンポの曲が続く。BTSのコンサートでも披露した「Seesaw」も、ソロライブではギターの弾き語りバージョンに。抱えるギターには、韓国からSUGAを見守るメンバー6人のメッセージが書かれている。チェーンでつながれたステージが、少しずつ天井へ上がっていき、舞台が徐々に狭くなっていくのも面白い演出の1つだ。上がったステージの下からはアンティークなソファーが現れ、SUGAはそのソファーに腰掛けながら次の曲へ。“愛”の解釈に思いを馳せた「SDL」では、SUGAのハスキーな歌声がラップとは一味違う魅力を見せる。
人間関係に伴う苦悩や寂しさへの慰めの曲「People」「People Pt.2」では、舞台上に現れたダンサーたちが日常ですれ違っていく人々を表現。「People Pt.2」でフィーチャーリングしたIUのパートでは、会場のARMYたちの大きな歌声が響いた。
普遍的でありながら何よりもパーソナルな悩みである人間関係に思いを馳せたセクションを終えると「雰囲気を変えてみましたが、どうですか?もっといろんな人生の話を曲にしたいと思います」とSUGA。
成功した自分と過去の自分に向き合う
「ではまた雰囲気を変えてみましょうか」と始めたのは「Moonlight」。心地よいヒップホップ曲だが、地球規模の成功を収めたBTSのメンバーでありながら20代の悩める音楽プロデューサーでもあったSUGAが本音をつづった人間臭い曲だ。全くアイドルらしいとは言えない悪態もつきながら「俺の人生は多くのことが変わったけど、月明りは相変わらずあの頃のままだな…」とビートに乗せる。続いて真っ赤なライトと火柱に包まれて歌うのは、成功を味わった自分と、憎悪と劣等感をエネルギーに生きた過去の自分の内なる声に向き合う「Burn It」。フィーチャーリングした米歌手MAXの歌唱部分もSUGA自身が歌い、このツアーを通じてボーカルに目覚めたというSUGAの美しい歌声が観客を驚かせた。
漆黒から純白の衣装へ BTS楽曲のメドレーも
ここで一度ステージを後にしたSUGA。ユンギ・SUGA・Agust Dの3つのアイデンティティーが錯綜するノワール映画のようなVTRが放映される。バイク事故の現場から立ち上がったユンギ、アイドルのタブーを象徴する煙草を手にするSUGA。Agust DがユンギとSUGAを凌駕しようとするが、彼もまた鏡と向き合いながらバスルームで気を失う――。序盤の真っ黒な衣装から一転、今度は全身白のルックで再登場したSUGAの後半第一曲目は「Interlude : Shadow」。過去に渇望した巨大な夢を全て手に入れたSUGAが「これ以上俺を照らして飛躍させないでくれ、もう恐ろしいんだ」と訴える。ダンサーたちがスマートフォンの光を彷彿とさせるライトで壇上のSUGAを照らし、スターに当たる明かりの強さに比例して濃くなっていく人間としての陰を表現する。
続いては、2014年リリースの「Cypher Pt.3: Killer」から2020年リリースの「UGH!」、円盤化されていない「DDAENG」まで、BTSのラップライン(RM、SUGA、J-HOPE)による楽曲の特別なメドレーが続く。
J-HOPEとのコラボ曲「HUH?!」までを一気に駆け抜けると、「メンバーがいなくて1人で歌うとすごく寂しいですね。でも皆さんが一緒に歌ってくれてとても心強かったです」とSUGA。「ARMYしか勝たん!」のセリフも飛び出した。
ピアノ弾き語りとARMYの歌声が交じり合う 坂本龍一さんへの追悼も
ここからは、ステージを降りアリーナの観客と同じ目線に置かれたピアノに腰掛ける。ピアノの弾き語りで「Life Goes On」を披露すると、ARMY達のコーラスがSUGAの声と重なった。坂本龍一さんをフィーチャーリングに迎えた「Snooze」の前には、坂本さんとの楽曲づくりの風景とともに追悼メッセージが映し出される場面も。
「AMYGDALA」でトラウマを昇華 オープニングと対になったクライマックス
30代になるSUGAがキム・グァンソクの「三十の頃に」をサンプリングし、世の正義を考察した「Polar Night」では、真っ白な衣装で「全ては汚れている/僕は潔白なのか」と自問する姿が印象的だ。「あっという間の3ショーでした。明日も会いたいですね。最後のステージも楽しみましょう」と告げた後、本編のラストは「AMYGDALA」。この曲は過去のトラウマとの決別の意味を込めた『D-DAY』を象徴する楽曲だ。AMYGDALAとは人間の脳内にある扁桃体という神経細胞の集まりのことで、恐怖や不安の記憶をつかさどる。
SUGAはこの曲の制作を通し、自身の事故や精神的な試練、両親の病気など取り出したくない苦しみの記憶を自ら掘り起こし、曲に昇華させようとした。
曲が終わるとSUGAはステージ上に倒れこむ。オープニングの黒い衣装とは対照的な純白の姿で、再びダンサーに担がれて去っていった。
クライマックスを飾る「The Last」怪我を負った自身の過去を称えるように
アンコール前のVTRは、バスルームの床に倒れこんだAgust Dの姿から始まる。これは彼がデビュー前、あるいはデビュー初期に精神的に苦しんでいたことを告白した衝撃的なナンバー「The Last」の「人が怖くてトイレに隠れてしまった自分と対峙した俺」「トイレの床に寝たあの頃は今では思い出になった」という歌詞に由来している。起き上がったAgust Dは、部屋の外からもう1人のSUGAに覗かれていることに気が付く。これまでの物語は、SUGAが用意した小さなセットの中で行われていたのだ。SUGAは最後に、セットに火をつけて全てを燃やしてしまう。これがAgust Dというエンターテインメントのフィナーレなのだろうか。そしてそんなSUGAの姿をまた、ユンギがテレビでモニタリングしているのだった。アンコールでは存在したステージが全て頭上に上がり、SUGAは観客たちと同じ目線にTシャツ姿でふらりと現れる。過去からも未来からも解放され、現在に集中するための新章を開こうとする「D-DAY」からアンコールがスタート。アリーナを歩き回りながら、ファンとハイタッチをする場面も。
最後のコメントでは、「日本での公演はいつも楽しくて幸せですね。見ていてお分かりだと思いますが、僕は100パーセントのコンディションではありません。6、70パーセントくらいまで上がってきたようなのですが、100パーセントは次回僕が来た時に確認できると思います」と、多忙を極める中コンディションが完全ではなかったことを明かす一幕も。「次日本で公演をするときは、7人で行います」と宣言すると「3日間本当に素晴らしい思い出を作ってくださりありがとうございます。僕の公演、BTSの公演だけでなく、どの公演に行っても今日のように遊んでください。今日皆さんが送ってくれた応援を忘れません」と日本ファンの声援に感謝した。
最後は、八方から監視カメラのようなビデオに囲まれながら、覚悟を決めたように「The Last」へ。監視カメラの映像に記された時計の時間は、「憎悪の対象が俺ならギロチンに上がってやる」の歌詞の後、逆再生されたように巻き戻っていく。「バイト中の事故のおかげでめちゃくちゃになった肩/掴み取ったデビュー」の箇所では、自身の過去を称えるように右手で左肩に触れていた。
「The Last」を歌い終えると、別れの言葉はなく、ただ手を振りながら足早に無言で会場を去っていく。過ぎ行く過去に未練なく次の会場へと向かう彼の後ろ姿に、彼がツアー中繰り返している「次は7人で」の言葉が聞こえたようだった。(modelpress編集部)
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