着物の中でも希少性が高い伝統技術“手絞り”を独自取材

老舗着物ブランドが目指す未来とは?「SNSに残る時代だからこそ」伝統技術を発信する意義

2024.11.28 09:00

10月に開催された「KIMONOIST (キモノイスト)2024」授賞式で、かたせ梨乃、森口瑤子、町田啓太、篠田麻里子、堀田茜、高橋大輔が魅せた、新たな着物のスタイルが話題に。時代の流れとともに変化する美意識や価値観の中で、革新的な進化を続ける着物の製造元・藤娘きぬたやを独自取材した。

  

時代とともに進化する着物

名古屋の老舗「藤娘きぬたや」(C)モデルプレス
今回モデルプレスが訪れたのは、唯一無二の絞り染めの技術を誇る、名古屋の老舗「藤娘きぬたや」。

絞り染めとは、生地の一部を糸などで絞り、染料が入らないようにすることで模様を作り上げる技法。単色が主流だった絞りの概念を覆し、鮮やかな色彩とグラデーションで表現した“きぬたやカラー”は、ハレの日の衣装として著名人からも支持が高く、着物のバイヤーや和婚ウェディング業界からも注目を集めるブランドだ。

日本最古の染色技法のひとつでもある絞り染めへのこだわり、そして革新を続ける理由とは―。次世代に伝統技術と着物文化を継承するために奮闘する、藤娘きぬたや社長・森啓輔氏、三代目作家・安藤嘉陽氏に話を聞いた。

最高難度の職人技「手絞り」公開

美しい風合いが印象的な絞り染め(C)モデルプレス
― これまで一切技術を公にされてなかったそうですが、公開に至った理由とは?

森:以前は技術が外部へ流出しないように、部外者の方はもちろん、メディアにも一切公開していませんでした。ただ、着物を作る職人やメーカーが減っていったこともあり、自ら発信していくことで着物文化を広めていくことが重要だと方針転換することにしたんです。

今は多様化の時代で、着物の楽しみ方も広がっていますし、技術もより分かりやすく公開することで、親しんでいただくきっかけになれたらと思っています。

― 「手絞り」は着物の中でも希少性が高いそうですが、その特長を教えてください。

安藤:一粒ずつ手で絞っていくのですが、きぬたやの疋田絞りでいうと糸で括る回数が多く、より立体的な仕上がりになります。プリントされたものは、絞りが綺麗に揃いすぎてしまうため画一的な印象になってしまうのですが、手絞りだと本物の味わいがあるというか。

生地は綺麗に染色したり、柄を描いたりするだけでも着物として成立しますが、絞りがあることで更に表情が豊かになるんです。手挿しでカラフルな色を染めているのが特長です。

三代目作家・安藤嘉陽氏(C)モデルプレス
数mmの間隔で生地を指先で摘み、糸で絞っていく(C)モデルプレス
森:「手絞り」は絞りの中でも最高難度の技術を要するもので、職人の減少により生産枚数も減っています。安藤は40年以上絞りを作り続けているので、絞った状態を見ただけで仕上がりがイメージできて、上手いか下手かも分かる。いくら練習を重ねたとしても才能がなければ一生習得できないと言われるほどの技術が詰まっているんです。

生地の表裏どちらも筆で染めていく(C)モデルプレス
一粒ずつ丁寧に色を乗せる(C)モデルプレス
― 1つの着物が完成するまでに、どのくらいの期間がかかるのでしょうか。

安藤:総絞りかどうかでも変わってきますが、1枚の着物を作るのに1~2年程はかかっています。「図案」「型彫り」「絞り」「染色」「解き」などそれぞれの工程で職人が手作業で行うため、時間がかかりますね。世の中がハイテクになっている中、時代に逆行している部分ではあるのですが(笑)。

森:20~30人の職人が1つの着物に携わっていますが、「解き」だけを40年続けている職人もいますし、完全に分業制です。職人を育てるには長い年月がかかりますし、今後は職人がその前後の工程まで担えないか、全体の工数を減らせないかなど、取り組み始めているところです。

解きにも熟練の技術が(C)モデルプレス
絞りの目に沿って力をかけて解いていく(C)モデルプレス

“着物は美術品ではない” 老舗ブランドが目指す未来

― どんなシーンで着物を楽しんでいただきたいですか?

森:浴衣は夏祭りで着る方も多く、馴染みのある存在かと思うんですが、着物というと、七五三、成人式を終えると着る機会がほとんどなくなってしまう。毎日着物姿で過ごす、週末のちょっとしたお出かけに着るのは、ハードルが高いかもしれませんが、自分の記念すべき1日に花を添える存在でありたい。これだけSNSに写真が残る時代だからこそ、ぜひ大人になってからも着ていただけたらと思っています。

― 着物文化、技術の伝承にも力を入れているきぬたやさんのこれからの展望をお聞かせください。

森:職人も年齢を重ねているので、技術をどう継承していくか、また、素晴らしい技術をどうやって今流にアレンジしていくか、まだまだ課題はあります。それに「美術品ではなく着用してもらいたい」という思いが私の中にあるんです。これだけの人と時間が込められていることを知ってもらい、ブランド価値を高めながらも、高嶺の花で手に届かない存在ではなく、価格的にも手が届きやすいようにしていきたい。これまでの概念にとらわれ過ぎず、挑戦していくことが私たちの使命だと思っています。

― ありがとうございました。

日本の伝統美を受け継ぎ、奥深い魅力が息づく着物の世界。時代と共に変わりゆく新しさも楽しみながら、自分のハレの日を彩ってみては。(modelpress編集部)

「藤娘きぬたや」とは

「絞り染め」に大いなる可能性を感じた創業者の伊藤嘉敏が、その最高峰を目指すべく、飽くなき探求心できぬたやの絞りを完成。「誰もつくらない、誰もつくろうとしない」、この常識に捕らわれないものづくりの精神は今もなお受け継がれており、伝統技術を守りながらも新たな可能性を追い求めている。ニューヨークでの個展を三度開催し、その縁でメトロポリタン美術館に『宴』を永久所蔵。
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