貴重な鉄道遺産に「解体の危惧」、なぜ? 横浜・臨港貨物線の歴史とその痕跡をたどる

2024.11.30 18:30
提供:All About

国際貿易港・横浜には、専用線まで含めれば数えきれないほどの貨物線が敷設され、人体に例えるならば物流の血管の役割を果たした。『かながわ鉄道廃線紀行』(森川天喜著)より抜粋し、横浜の臨港貨物線の痕跡をたどってみよう。

わが国の貨物列車は、旅客列車よりも約1年遅れて1873(明治6)年9月15日に、新橋―横浜間で運行が開始された。

その後、国際貿易港・横浜港の発展、京浜工業地帯の拡大とともに、専用線まで含めれば数えきれないほどの貨物線が臨港エリアに敷設され、埠頭(ふとう)や工場をつないだ。人体に例えるならば、物流の血管の役割を果たしたのだ。

以下、『かながわ鉄道廃線紀行』(森川天喜著 2024年10月神奈川新聞社刊)の内容を一部抜粋し、横浜の臨港貨物線の廃線跡をたどってみることにしよう。

今も残るレールや鉄道橋などの遺構

1970(昭和45)年10月、横浜の臨港貨物線(現・汽車道)を力走する「さよなら蒸気機関車号」(撮影:神奈川新聞社)
1970(昭和45)年10月、横浜の臨港貨物線(現・汽車道)を力走する「さよなら蒸気機関車号」(撮影:神奈川新聞社)


臨港貨物線の多くは、今も現役貨物線として活躍している高島線(鶴見―東高島―桜木町間を結ぶ貨物線の通称)の支線として敷設された。従って、本記事では高島線沿線を歩きながら、かつて臨港エリアに網の目のように張り巡らされていた横浜の貨物支線群(通称・横浜臨港貨物線)の廃線跡を探索してみようと思う。

高島線は鶴見駅が起点だが、東海道本線と分岐するのは京浜急行電鉄の生麦駅のやや横浜寄りなので、生麦駅から歩き始める。国道15号線を横浜方面に少し歩くと、左手にキリンビールの工場の看板が見えてくる。元々は山手にあった工場が、関東大震災後、ここに移転してきたのだ。

1954(昭和29)年発行の生麦エリアの地形図。中央上で東海道線から高島線が分岐し、さらに入江駅で新興線が分岐。新興線から多くの専用線が分岐している(出典:国土地理院地形図)
1954(昭和29)年発行の生麦エリアの地形図。中央上で東海道線から高島線が分岐し、さらに入江駅で新興線が分岐。新興線から多くの専用線が分岐している(出典:国土地理院地形図)


この付近で、頭上を高島線の高架が、さらにその上を首都高速の高架が通過する面白い景色が見られる。高島線の高架橋の桁(けた)を支える擁壁はレンガ造りで、支柱も年季が入っている。かなり古い構造物であるのは一目瞭然だ。なお、横浜市電生麦線の終点、生麦停留場は、この高架の手前(京急電鉄の生麦駅寄り)にあった。

その先、新子安駅付近で頭上を通過する神奈川産業道路(市道子安守屋町線)を南へと歩を進め、恵比須運河に架かる恵比須橋から西に目を向けると、運河を渡る新興支線(2010年に廃止)の線路が見て取れる。

新興支線は入江駅(廃駅・現在は京急バス新子安営業所)で高島線の本線と分岐した後、大きなU字を横倒ししたような経路を描きながら新興駅に至っていた。

現在、新興支線の廃線跡の一部は緑道になっており、レール・鉄道橋など、鉄道が走っていた痕跡がわずかながら残っている場所もある。

また、新興駅跡地は公園(高原基金の森)として整備されており、駅の廃止後、だいぶ時間が経っているにもかかわらず、駅跡付近の交差点名は「新興駅」、バス停名は「新興駅前」と名残を留めている。

交差点名は今も「新興駅」のまま、かつての名残を留めている
交差点名は今も「新興駅」のまま、かつての名残を留めている


次の目的地は旅客列車の駅でいうと東神奈川駅(京急線は京急東神奈川駅)が最寄りだ。東神奈川までは電車で移動してもいいが、歩いてみるのも面白い。路地を行くと、時折、家々の間から小さな運河を渡りながら、ゆっくりと走り行く高島線の列車の姿が垣間見られる。

また、渡った先が工場専用地になっているため行き止まりの小さな踏切が存在するなど、いかにも臨海エリアらしい景色が広がっている。 東神奈川駅前から南東に向かって延びる道路の先には、戦後、米軍の接収を受け、現在も「横浜ノース・ドック」として米軍が使用している瑞穂ふ頭がある。

埠頭に向かう途中、左手に神奈川水再生センターという下水処理施設があるが、ここが横浜鉄道によって建設された海神奈川支線(東神奈川-海神奈川間、1959年に廃止)の終点・海神奈川駅の跡地だ。ちなみに海神奈川駅は昭和初期に場所を移転した経緯があり、神奈川水再生センターは二代目駅の跡。初代の駅は、もっと海岸側にあった。

日本初の溶接鉄道橋「瑞穂橋梁」、解体の危惧も

神奈川水再生センターの先の千鳥橋踏切で現在の高島線の線路を渡ると、左後方から別の線路が迫ってくる。これがかつての瑞穂支線(1958年に廃止)だ。また、正面に目を向けると、瑞穂ふ頭へと続く瑞穂橋(道路橋)の大きなアーチ構造が見える。

この瑞穂橋に並行して架かっている赤錆びた橋が、日本初の溶接鉄道橋として知られ、「かながわの橋100選」にも選ばれている瑞穂橋梁だ。橋を渡った先は米軍施設なので、立ち入ることができない。

瑞穂橋梁は貴重な鉄道遺産だ。現況、レールも残されている
瑞穂橋梁は貴重な鉄道遺産だ。現況、レールも残されている


実は、この瑞穂橋梁および付近の鉄道側線敷地(瑞穂支線廃線跡)は、2021(令和3)年3月末をもって日本へ返還された。返還時の窓口となった防衛省南関東防衛局に問い合わせたところ、瑞穂橋梁は現在、財務省管理になっているという。

また、同時に返還された鉄道側線敷地のうち陸側(約1200平方メートル)はJR貨物が地権者、埠頭側(約200平方メートル)は国有地になっている。

つまり、瑞穂橋梁の橋脚は、陸側は民有地(JR貨物用地)、埠頭側は国有地上にあり、「民有地に関しては構造物を撤去し、原状復帰させるのが原則」(横浜市政策局基地対策課)であるため、今後、瑞穂橋梁は解体される可能性がある。

保存には国、横浜市、JR貨物の一体協議が必要となろうが、貴重な鉄道遺産をなんとか保存できないものだろうか。

さて、瑞穂橋梁の西側の運河を渡った先には、現在の高島線の唯一の中間駅である東高島駅があるが、貨物駅なので立ち入ることはできない。

東高島駅から南西の帷子(かたびら)川を渡った先には高島水際線(すいさいせん)公園がある。付近一帯は1995(平成7)年2月に廃止された貨物駅・高島駅の跡地だ。公園内に設置されている高島線の線路を跨ぐ歩行者用の跨線(こせん)橋は、直線区間を走る貨物列車の撮影スポットとして知られている。

橋上で後ろを振り返ると、公園の先でトンネル区間に入る貨物列車が、みなとみらいのビル群の中へ消え行くのが印象的だ。

高島線の線路が再び地上に現れるのは、市営地下鉄の高島町駅付近。その先、桜木町駅とのちょうど中間地点、桜木町六丁目交差点付近には、「三菱ドック踏切」がある。

この踏切の名前は、かつてこの付近に「ハマのドック」の名で親しまれた、三菱重工横浜造船所の正門があったことに由来する。踏切を過ぎると高島線は高架に上がり、根岸線と合流。根岸駅まで乗り入れている。

桜木町駅から「汽車道」へ

桜木町駅から先へも足を運んでみよう。東横浜駅(注:かつて桜木町駅に隣接して存在した貨物駅。1979年に廃止)から新港ふ頭へ向かう税関線(1987年に廃止)の廃線跡は、現在「汽車道」として整備されており、運河を渡って多くの人々が行き来している。

ここに架かる3つの橋のうち、桜木町駅側の港一号橋梁と港二号橋梁は、税関線開通時に鉄道院によって架橋されたアメリカン・ブリッジ社製のトラス橋。残る港三号橋梁は、税関線廃止後、汽車道の整備時(1997年開通)に、旧・大岡橋梁の一部を転用したものである。

――編集部より――
書籍『かながわ鉄道廃線紀行』では、横浜の臨港貨物線の歴史を詳しく紹介するとともに、「汽車道」を経由し、山下ふ頭まで散策を続けます。さらに、ある場所に現在も保存されている横浜臨港貨物線に関係する機関車なども紹介しています。

※サムネイル画像:1980(昭和55)年の「横浜開港百二十周年記念事業」で、現在の「汽車道」を力走するC58型(シゴハチ)蒸気機関車。期間中、東横浜駅と山下埠頭駅間を1日3往復した(撮影:神奈川新聞社)

森川天喜 プロフィール

神奈川県観光協会理事、鎌倉ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『湘南モノレール50年の軌跡』(2023年5月 神奈川新聞社刊)。2023年10月~神奈川新聞ウェブ版にて「かながわ鉄道廃線紀行」連載。


執筆者:森川天喜

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