HIRO(ひろ)

誕生日:
1969年6月1日
星座:
ふたご座
画像 記事 プロフィール

HIROの関連リンク

HIROに関する画像

HIROに関する記事

  1. 三代目JSB岩田剛典、EXILE HIROの“登場”に動揺「一番の後悔」

    モデルプレス

  2. EXILE HIRO、所属アーティストとの関係性語る「LDHの強み」

    モデルプレス

  3. EXILE HIRO「ONE ASIA」への思い 今後の夢明かす

    モデルプレス

  4. EXILE HIRO、ノーギャラでLDH所属メンバーのCM出演オファー 理由にスタジオ感嘆

    モデルプレス

  5. EXILE HIRO、LDH“レモンサワー伝説”に本音 飲み会用にライブハウス確保した過去も

    モデルプレス

  6. EXILE HIRO、妻・上戸彩からのダイエット促す“一言”で節制「LDHの社長として太っていないか気にしている」

    モデルプレス

  7. EXILE HIRO、LDH社長復帰の理由告白 韓国エンタメの進化も語る

    モデルプレス

  8. ビートたけし&松本人志、久々共演 EXILE HIROは社長就任の経緯語る

    モデルプレス

  9. EXILE HIRO、メンバー増加を決めた理由明かす

    モデルプレス

  10. EXILE HIRO、LDH社内で“ガチ打ち合わせ中”に「有吉の壁」サプライズ登場 社長復帰後初メディア出演に視聴者驚き

    モデルプレス

  11. EXILE HIRO、社長復帰後メディア初登場「有吉の壁」LDH JAPANとコラボで豪華施設に潜入

    モデルプレス

  12. EXILE HIRO、LDH社長に復帰 10月から新体制で「心機一転」

    モデルプレス

  13. EXILE HIRO&TETSUYA、山梨は後輩にとって“辛い場所”?「払拭したいなとは思います」

    モデルプレス

  14. 上戸彩、第3子出産を発表 夫・EXILE HIROと連名でコメント<全文>

    モデルプレス

  15. EXILE HIRO、SDGsプロジェクトに参画 GENERATIONS小森隼&THE RAMPAGE吉野北人も緊急参戦

    モデルプレス

  16. TGC×LDH「TGC teen ICHINOSEKI 2023」で新プロジェクト決定 3つの実施内容も発表

    モデルプレス

  17. EXILE TAKAHIRO、EXILE HIROからデビュー当時贈られたもの明かす「海外の風を感じてきました」

    モデルプレス

  18. LDH&「TGC」がタッグ 新プロジェクト発表でEXILE HIRO「様々な地域に貢献」

    モデルプレス

  19. いつまでも仲が良いと思う芸能人夫婦ランキング【結婚10周年】

    gooランキング

  20. EXILE HIRO「LDH・EXILE TRIBE全体で伝えていきたい」TETSUYA・AKB48向井地美音と肝炎対策呼びかけ

    モデルプレス

HIROのプロフィール

◆プロフィール◆

名前:HIRO
本名:五十嵐 広行
出生:1969年6月1日
出身地:神奈川県[1]
血液型:AB型
レーベル:rhythm zone
事務所:LDH




五十嵐 広行(いがらし ひろゆき、芸名:HIRO、1969年6月1日 - )は、日本のダンサー、芸能プロモーター。
ZOO、J Soul Brothersでの活動を経て、EXILEのリーダーを務める。また所属事務所LDHの代表取締役社長も兼任する。
2013年をもってEXILEのパフォーマーを引退し、プロデューサー業に専念している。
広島県生まれ、神奈川県横浜市育ち[1]。身長174cm。妻は女優の上戸彩。


◆来歴◆

15歳にしてディスコに足を踏み入れ、そこで初めて見た黒人のダンスに魅せられてダンスの道へと導かれる。
横浜市立金沢高等学校出身でavexグループ社長の松浦勝人は高校の先輩にあたる。
当時、松浦が店長をしていた貸しレコード屋「友&愛」にHIROが足を運んではレコードを借り、高校の文化祭の時にはDJをやってもらっていたという[2]。
高校卒業後の1989年にテレビ番組「DADA」のダンスコンテストでLMDに参加し準優勝する。
そのコンテストを観ていたスカウトに声を掛けられ、1990年にLMD改め「ZOO」としてシングル『Careless Dance』でデビュー。
1991年にはベル・ビヴ・デヴォー(en:Bell Biv DeVoe)の日本ツアーに参加。
その後「Japanese Soul Brothers」を結成し、ボビー・ブラウンの日本ツアーにも参加する。
ZOOも全盛期で、なりふり構わず給料全てをクラブなどでの遊びに注ぎ込み、足りなくなれば借金をしてまでギャンブルなどに注ぎ込む放蕩三昧の生活を送っていた[2]。
しかし、ZOOは1995年に解散。膨大な借金が残ったという[2]。
1995年と1996年のDREAMS COME TRUEのツアーにバックダンサーとして参加。
吉田美和の「お客さんは自分のお金でライブに来てくれるのだから心を込めて一生懸命やろう」という言葉はHIRO自身の心を変えていく契機となる[2]。
1996年「LUV DELUXE」として再デビューするも翌年には解散する。
1998年にMATSU、USA、MAKIDAIらと出会った。仕事は全くなく、来る日も来る日も自主練の毎日だった。
しかし、自分に付いて来てくれる彼らのためにも今の状況を変えたいと思い「もう一度ダンスで勝負がしたい」と何度も頭を下げ頼み込んだ結果、
1999年に「J Soul Brothers」としてデビューするチャンスを松浦から与えられる。
2001年8月24日、メンバーチェンジを経て、J Soul Brothersから「EXILE」に改名。9月27日シングル『Your eyes only 〜曖昧なぼくの輪郭〜』で4度目のデビューを果たす。
2002年10月17日、当時の規定であった会社設立の際の資本金300万円を、EXILE初期メンバー6人が50万円ずつ出資。
青山のビルのテナントを借り「エグザイルエンタテイメント有限会社(現・LDH)」を立ち上げた。HIROが社長を務め、メンバーが社員だった[2]。
2012年9月14日、女優の上戸彩と入籍したことを発表[3]。
2013年4月3日、年内をもってEXILEのパフォーマーを引退し、翌年からはグループに在籍するもプロデューサー業に専念することを発表[4][5]。
12月31日にNHKホールで開催された第64回NHK紅白歌合戦が最後のステージとなった。


◆人物◆

1990年代はヘビースモーカーであったが、J Soul Brothers時代のダンスの練習中に「煙草止めないと死ぬかもしれない。」と危機感を覚え卒煙する決意をした。
2000年代以降は非喫煙者である。
高校時代はディスコ、クリーニング屋、蕎麦屋の出前持ち、土木作業員などのアルバイトをやっていた。土木作業員として横浜駅前にあるそごう横浜店の建設に携わった[2]。


◆参加グループ◆

ZOO(1989年 - 1995年12月25日)
LUV DELUXE(1996年 - 1997年)
J Soul Brothers(1999年 - 2001年8月24日)その後、二代目・三代目のプロデューサーを務める。
EXILE(2001年8月24日 - 現在)


◆作品◆


◆書籍◆

【著書】
Bボーイサラリーマン(2005年、幻冬舎)ISBN 978-4344007321
ビビリ(2014年、幻冬舎)

【雑誌】
月刊EXILE(2008年 - )編集長

【漫画】
エグザムライ戦国(2009年 - 2011年)企画・原案
エグザムライ戦国G(2011年 - )企画・原案

【映像作品】
ZOO→JSB→EXILE(2005年)


【作曲担当】
our style/EXILE
M-1「J Soul Brothers」(作曲・編曲:HIRO&KIRA)
M-9「MAX TRIBE」(作曲・編曲:HIRO&KIRA)
M-16「SILVER COCKPIT」(作曲・編曲:HIRO&KIRA)
Styles Of Beyond/EXILE
M-2「ESCAPE」(作曲・編曲:HIRO×(Kira+Okayan))
M-15「S・O・B」(作曲・編曲:HIRO×(Kira+Okayan))
EXILE ENTERTAINMENT/EXILE
M-1「EXILE COME」(作曲・編曲:HIRO&kira)
M-15「ROAD-RUNNER」(作曲・編曲:HIRO&kira)
PERFECT BEST DISC2 / SELECT BEST/EXILE
M-2「ESCAPE」(作曲・編曲:HIRO×(Kira+Okayan))


【出演】
EXILEとしての出演はEXILE#出演を参照


【テレビ】
新・東京百景(2005年 - 2008年、TOKYO MX)


【CM】
明治「Fran」(2009年9月 - )
読売新聞「リアルのチカラ」(2010年1月 - )
TOYOTA「WISH」(2010年6月 ‐ )
AC「日本の力を、信じてる。」(2011年4月 - )
富士通「ARROWS」(2011年9月 - )
富士通「FMV」(2012年7月 - )


【ラジオ】
OH! MY RADIO(2001年10月 - 2005年9月、J-WAVE)



脚注
^ a b “asahi.com(朝日新聞社):対談 岡田監督×HIRO 挑戦の場、作りたい”. 朝日新聞. (2010年4月9日15面)、HIRO「最高のパフォーマンス見せられるうちにという思いもある」、“上戸彩さんが結婚 エグザイルHIROさんと”. 中国新聞. (2012年9月15日30面)、広島公演で広島生まれと話す(2009年5月23・24日、広島グリーンアリーナ)、ただしHIRO著の「Bボーイサラリーマン」では神奈川県生まれとなっている。
^ a b c d e f HIRO著「Bボーイサラリーマン」より
^ EXILEファンの皆さまへのご報告
^ “HIRO「未来を創る」プロデューサーとして若手育成専念”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月3日) 2013年4月3日閲覧。
^ “HIRO、パフォーマー引退…リーダーは継続(1/3ページ)”. SANSPO.COM (サンケイスポーツ). (2013年4月3日) 2013年4月3日閲覧。


出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.